日本人の死生観

現代人の死生観とは。なろう系作品から読み解く、死に対する考え方の変化

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一般的に人々の価値観は、日々の生活で見聞きする事柄によって大きな影響を受けています。日本人の抱く死生観についても、宗教的な教理や文学作品などによって影響を受けているといえます。宗教に接する機会が減った現代の日本人の死生観は変化しつつありますが、文学作品やアニメ作品により新たな価値観が形成されています。若い日本人の死生観を形成しているものはいくつかありますが、異世界転生をテーマにしたなろう系作品もそのひとつです。

基本的に(平凡な)主人公が、交通事故とか過労死とかで不幸にしてこの世を去ると、神様が異世界に転生を持ち掛けてくるのです。それが、スライムだったりスライムばっかり倒した長生き魔法使いだったりするというのが典型的なストーリーだそうです。大体の場合、現代日本社会の知識と経験を生かして異世界でヒーローになるわけですね。

https://www.maizuru-ct.ac.jp/soudan/2020/06/29/222/

宗教に形作られてきた従来の日本人の死生観とは

20~30年ほど前であれば、多くの日本人の死生観は宗教的な教理によって形作られていたといえます。ほとんどの宗教では人が亡くなった後の状態(世界)が教理に含まれており、日本人の信者が多い仏教(浄土宗)や神道では極楽浄土に行ったり、家や国家の守り神になると教えています。宗教によってさまざまな教えがありますが、人が死ぬと別の世界(あの世)に行って、現生に戻って何かしらの影響を及ぼすことがないという点で共通しています。例えば、仏教のお葬式や法事では死人が成仏して無事にあの世に行けるようにすることが目的で行われます。一般的に人が亡くなることを「他界」と呼ばれることがありますが、これは故人が別の世界に行って二度と現世に戻ることがない、という意味があります。
宗教的な教理では人が亡くなると一方通行で別の世界に行ってしまうので、現世を体験できるのは一度限りということになります。このため、生きている間は「たった一度しかない人生を大切に生きなければならない」と教えられます。「一度限りの人生」という概念にもとづくお葬式は故人との「お別れ会」であり、通夜や告別式で遺体と対面をしたり、故人と一緒に食事をしたり夜を過ごすといった習慣につながっているのでしょう。

なろう系作品の世界観と従来の宗教的な教理との違い

多くの文学作品や漫画が作られていますが、なろう系作品(小説)は若者の間で人気を集めているジャンルのひとつです。なろう系作品で取り上げられる場面やセッティングはさまざまですが、どの作品にも共通しているのは異世界転生です。日常生活を送る平凡な主人公が、何かのきっかけ(交通事故など)で別の世界に飛び込んでしまいます。別の世界とは、別の時代(未来や過去)・地球とは遠く離れた惑星・パラレルワールド・魔物がいる世界、などさまざまです。別の世界に放り込まれた主人公は、変身(お金持ち・異性にモテる魅力的な姿・超能力などの特殊な能力を身につける、などの体験をします。作品のには、主人公は現生で別の人として生まれ変わるというものもあります。
異世界転生モノの小説では意に反して主人公が日常生活から引き離されて別の世界に放り込まれてしまうものの、新たな世界で自分を変化させることで最終的に幸せになれるというストーリーになっています。従来の宗教的な教理では人生は「一度限り」ですが、なろう系作品の異世界転生では何度でも人生をやり直すことができるという点で大きく異なります。異世界転生にもとづく死生観によると死は悲しい別れなどではなく、別の世界に行ったり生まれ変わることで今よりも幸せに生きることができるという希望の入口とみなされるでしょう。

現代人が異世界転生に憧れを持つ要因とは

現代人が異世界転生に憧れを持つ要因とは

現代人が異世界転生に憧れを持つようになった理由として、日本人の宗教心が薄れたことが挙げられます。これに加えて、世の中を取り巻く状況も大きな影響を及ぼしているといえます。
日本は1980年代の後半から1990年代の前半にかけてバブル景気を経験しましたが、バブル崩壊後の20年間はかつてない不景気が続きました。この間に就職氷河期を経験した世代(40代前後)の人々の多くは、今の日本ではどんなに努力をしても報われないという価値観を抱いています。現役世代の人々には少子高齢化や社会保障の負担といった問題が重くのしかかり、将来の希望どころか現在の生活すら苦しい状況が続いています。この世代の人々にとっては「一度限りの人生」を満足に生きることではなく、別の世界に生まれ変わって幸せな生活を手に入れたいと願うことは当然のことといえるかもしれません。今の生活で希望を持てない現代人にとって「死」とは幸せな生活や家族との悲しい別れではなく、「新たな世界に至る希望への入口」と捉えるようになったと考えられます。

なろう系作品が現代人の葬儀や死生観に及ぼす影響とは

なろう系作品のメインテーマである異世界転生によって形作られた現代人の死生観は、葬儀や埋葬方法の選択に大きな影響を及ぼしています。なぜなら、お葬式は生きている人の価値観にもとづいて実施されるからです。
従来の宗教的な価値観では人の死は別れを意味しているので、お葬式では通夜や告別式で故人を偲ぶことに重点が置かれ、葬儀後も遺灰や遺品などの思い出の品物を手元に保管するケースが一般的でした。葬儀後も故人が成仏できるように立派なお墓を建ててお参りをしたり、法事などが行われました。
異世界転生では人の死は新たな世界に通じる希望の入口なので、お葬式では故人を偲んだり遺灰や遺品を手元に残すといったことはあまり行われません。通夜・告別式を行わずに火葬だけの直葬をしたり、遺骨を御墓に埋葬せずに海洋葬や樹木葬などの自然葬を選択します。異世界転生では人は死んでも別の人物として生まれ変わって新たな人生をスタートできるので、極楽に行けるように祈祷やお祈りをする必要もありません。そのため、お葬式のために多額の費用をかけたり、多くの人を招待して大規模なイベントを行うこともないでしょう。

まとめ

かつて日本人のお葬式は世界一高額といわれていましたが、死生観の変化により葬儀の内容・規模が変わっています。なろう系作品で取り上げられる異世界転生にもとづく死生観は、従来の宗教的な概念とは全く違うからです。人の死はあの世への一方通行などではなく、新たな人生への希望の第一歩に過ぎないという概念です。現代人が異世界転生に希望を抱くようになった主な原因として、現代日本を取り巻く社会問題や生活環境の変化が関係しているといえるでしょう。

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