日本人の死生観

「愛なんていらない」仏教で愛が否定される理由とは

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

仏教はインドを発祥にしている宗教です。その起源は今から約4000年前にまで遡ると伝えられており、開祖は釈迦またはブッダと呼ばれる人物です。日本では今では家庭を持たれている僧侶が多くなりましたが、インドや中国では生涯独身を貫いて、仏様にお仕えをなさるのが一般的です。異性を愛することを戒律で禁止されているのが仏教ですが、なぜ愛を否定する教えがあるのでしょう。ここではその理由について、詳しく見ていきましょう。

愛を否定する理由とは?

僧侶という存在は、仏様の教えを現世で暮らす我々人間に教えてくださる存在です。つまり、語り部という良い方をする方がしっくりとくるというわけです。仏教では古くから愛情を持つことは正しい教えを広められないと言われており、中国・インドでは必ず男性だと女性を遠ざけて接触をしない環境で暮らしているほどです。なぜこれほどの徹底した否定をされるのか、それは愛を心に秘めることで邪な魂を生み出すと考えられているからです。どなたでも経験をなさったことがあるでしょうが、誰かを愛することで嫉妬・恨み・怒りという感情を抱くものです。これらは昔は鬼を呼び起こす感情だと言われており、仏教界では厳禁でした。異性を愛さなければ邪な感情を生み出すことがないので、否定をされているわけです。最近では日本のみでは伴侶を得る方も多くなっており、若干は規律も緩くなってきた傾向もありますが、インドではまだ重んじられています。

そもそも仏教でいう愛とは、トリシュナーの訳語で、この欲望の充足を求める「渇愛」をいう言葉である。こういう凡夫の「愛」こそが悟りへの障害でもあり、円覚経という経典にいう「輪廻は愛を根本と為す」の愛なのである。

https://www.otani.ac.jp/yomu_page/b_yougo/nab3mq0000000q21.html

日本では愛を否定されていない

日本に仏教が伝わったのは、600年代の頃です。中国の長安に向かった遣隋使たちが伝えたと言われており、インドではなく中国様式の教えとなっているのが特徴です。当初はインド同様に愛を否定する教えを説いていましたが、江戸時代後半になると僧侶も家庭を持つようになりました。この変化を生み出したのは、日蓮宗の伝教大師と呼ばれる方が説いた教えが影響しています。日蓮宗は江戸時代は徳川幕府の公認の宗派となっており、国を代表する説法を説いていたほどです。その伝教大師の教えは、愛を知ること・愛することで現世は平和になるというものでした。その言葉を世間に広め、自身や弟子達に他者を愛することを推奨したというわけです。それ以降、日本の仏教界では僧侶が結婚することも認められており、多くの寺院で家族で暮らされるようになりました。インドなどの国とは違った、新しい教えが生まれた瞬間ということになるわけです。

仏像には愛を司るものもある

基本的に仏教では、愛を否定する教えが普及をしています。インドや中国は特に厳しい戒律を守られており、生涯他者を愛さないという方しか僧侶にはなれません。しかし、仏教の信仰対象となる仏像には、愛を司るものがたくさんあることをご存知でしょうか。それは阿弥陀如来・観音菩薩・薬師如来です。観光地の寺院を巡ると、大半のところで恋愛成就というご利益があるものです。お守りも授与されており、このご利益を求めて、遠方からたくさんの方が訪れています。愛を否定する仏教なのに、その愛を前面に出した仏像があるというのは不思議なものです。その答えとなるのが、慈悲という感情でしょう。これも一種の愛ではあるものの、異性にだけ向けられたものではありません。自身の周りのすべての人々に対して授ける感情であり、簡単に言い換えれば優しさというわけです。慈悲の心を持って他者に接すれば、魂が清められるという教えになります。

慈悲を持つことで愛も得られる

慈悲を持つことで愛も得られる

薬師如来や観音菩薩・阿弥陀如来が象徴するのが、慈悲の教えです。仏教では殺生は禁止をされており、肉を食べるということもありません。これも慈悲の教えのひとつで、この世に生きるすべての生物・他者に対して優しさと慈しみを持つことが、仏教最大の戒律ともいえるでしょう。先述した仏像の顔を見ると、優しい笑みを浮かべているお姿を目に出来ます。お経を唱えられている僧侶の顔をじっくりと観察すると、こちらも口角をうえにあげて仏様とおなじ表情をされていることがわかります。仏門に入ることは心に慈悲を持つということであり、そのおこないに対して仏様からの愛を得ることもできるわけです。愛といっても色んな形があり、仏教で否定されているものは異性を愛するという邪なものだけです。それ以外のすべての存在を対象にした愛は否定をなされておらず、この心を持つことで魂を清めて極楽浄土へと向かえる存在になれることでしょう。

まとめ

仏教で否定されてると思われがちな愛は、異性を愛するという邪な心のことです。この感情は嫉妬や憎しみ・怒りを生み出すため、鬼を呼び起こすと考えられています。しかし、日本では伝教大師によって愛を肯定された教えが広まり、今では家庭を持つ僧侶が多くなったわけです。この愛は邪なものではなく、すべての人々を慈しむという清らかな感情になります。仏教では慈愛の心を持つことで、魂が清められる教えもあり、すべての愛が否定されているわけではありません。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

コメントを残す

*